- H組合は茶の摘採、加工・出荷を共同で行なう農事組合法人である。H組合では食品安全への対応からISO9001の認証を取得するとともに、取引先からの要求に応じてJGAP団体認証を取得している。ISO9001導入による組合の摘採、加工品質改善、また、GAP導入による構成員の食品安全に対する意識向上等が図られている。
1) 地域及び組織の概要
- H組合は、鹿児島県薩摩半島に位置する茶の摘採、加工・出荷を共同で行う農事組合法人である。当該地域は、全国有数の茶産地と知られ、茶生産のほか、焼酎・でん粉用カンショやニンジン(冬作)、加工ダイコン等の栽培が行われている。
- H組合は1972年に、集落内の34名により茶工場の計画操業などを目的として設立した。H組合では、後継者(Uターン者)を確保する経営が多く、現在も構成員数37名と設立当時から変化ない。また、構成員の平均年齢は、48歳と若く、1戸当たりの茶栽培面積は約4.3haにおよび、さらに茶以外にも畑作物の生産を行う複合経営がほとんどである。
- H組合では、防除・施肥作業等は各構成員で行うが、組合で摘採機16台、製茶機械4ラインを所有し、摘採、被覆(工場操業後)、加工を共同で行なう。共同作業は、構成員とその家族のみで行なうことを基本とし、構成員全員で摘採作業と加工作業をローテーションしながら、工場を24時間体制で操業する(年間操業日数80日前後)。なお、工場や摘採機を効率的に稼動するため、圃場を工場から3.5km以内にほぼ集約・団地化するとともに、出役人数に合わせた上限栽培面積(2人出役の場合:5.6ha、1人出役の場合:3.6ha)の設定や、栽培品種を設定している。
- 共同作業以外の取り組みとしては、肥料や刈り高さの統一や、肥料の共同購入(使用資材の統一)、茶園更新への助成、組合員全員による生育査定、萌芽調査、各種講習会等を行い、品質の向上や低コスト化に取り組んでいる。また、協同組合の理念に則り、合葉によるプール計算(面積一律単価)を行うとともに、出役作業賃金についても性別・年齢を問わず一律設定としている。
- 販路については、現在、7割を市場に出荷し、残り3割を相対で取引している。
表2-8-1 H組合の概要
2) GAPの導入について
- H組合では、2009年3月にJGAPの団体認証を取得した。それに先立ち、H組合では製品の安全・安心確保、品質保証に向けた取り組みを進めている。
- 1996年には、独自の履歴システムを開発し、パソコンを利用した生産履歴記帳を進めている。また、2008年にはISO9001の認証を取得している。当時、食品事故や食品偽装が社会的問題となり、とくにUターン者(他産業へ従事経験者)や若い構成員などISOに関する認識をもつ構成員らを中心に、組合内で食品安全に向けた取り組むべきとの認識が高まった。2008年4月頃には、コンサルタントの協力を得ながら、ISO9001取得に向けた準備を開始し、同年11月に認証取得に至っている。
- JGAP取得については、ISO9001取得後の2009年1月に取引先のHA社からJGAP取得に対する要望・相談があり、認証取得の準備を開始した。当初、GAPに関する知識を持つ者はおらず、ISO9001の取得に携わったコンサルタントとJGAPのしくみについて勉強するところからのスタートであった。各構成員においては、農場整備にかかるコストやJGAP取得によるメリットについて疑問等の声もあったが、ISO9001取得を経験していたこともあり、安全安心に向けた取り組みの一環として合意をスムーズに得ることができた。ISO9001の取り組みのなかで、圃場など一部帳票はすでに準備されていたが、そこで整備されていない管理項目については、組合独自にマニュアルや確認シートを作成し、それらを基にしながら構成員全員で勉強会を重ね、GAPの理念やしくみについて理解を深めた。さらに、実際の農場整備や帳票整備においては、5~6名の班体制を構築し、班内でそれぞれ確認シートを用いながら整備を進めた。このように構成員の安全安心に対する意識の高さ、また構成員一丸となった取り組みにより、非常に短期間であったにも関わらず、同年3月にはJGAP団体認証を取得する。
- なお、JGAPを利用した販売展開はHA社との取引のみであり、それ以外の販売展開、PR活動は進てはいない。
表2-8-2 JGAP認証取得の経緯
3) GAPおよび農場の管理体制
- H組合の組織運営体制は、組合長を筆頭に、8名の理事(うち、摘採部長1名、加工部長1名)、2名の監事、機械管理係・安全運転車両係各1名、そしてISO、JGAP管理責任者各1名で構成される。なお、ISO管理責任者、JGAP管理責任者は、当初1名のみで担当していたが、負担が大きいため分担する体制へと変更している。
- こうした組織体制のもと、徹底した品質管理を行なうため、以下のような手順で、摘採、加工を行なっている。
- まず、摘採では、一番茶摘採前に構成員全員で、延べ一日かけて圃場(500圃場)の査定(5段階評価)を行ない、その結果を踏まえて摘採部長が全ての刈取順序を決定する。このとき、摘採時の品質だけではなく、工場を効率的に稼動することも考慮しなければならないため、加工部長や組合長との充分なコミュニケーションが欠かせない。また、オペレーター間での刈取高さを統一するため、摘採前には講習会を開き、その年の目ぞろえを行なうとともに、摘採技術の向上を図っている。
- 一方、工場では、年に3回開催する製造講習会に構成員全員が参加し、そのときの原料品質を考慮しながら製造方法の調整を行なう。また、原料受け入れ時に、構成員は生産履歴を紙媒体と電子データで提出し、パソコンによる自動チェックだけでなく、組合長、摘採部長が全ての履歴を確認するなど、農薬の誤使用がないか二重三重のチェックを行なう。
- また、GAPの取り組みにおいては、自己審査をグループ単位で行なうことし、できる限り構成員が互いの農場を確認するようしている。また、各種チェックリストにおいても機械的な記入に終わらせないために、自由記入欄を設定し、構成員自らが主体的にリスク検討を行なえるよう工夫を行なっている。
図2-8-1 H組合の組織体制
4) GAP導入による経営改善効果
- H組合において、GAPおよびISOの導入によりいくつかの経営改善効果が現れている。
- 継続取引の確立:GAP導入によりHA社との継続的な取引が確立されている。GAP取得による販売単価の反映はないものの、大口での安定的取引が行なわれ、かつフレコン出荷が可能となることで出荷コストの削減にもつながっている。なお、市場出荷において、ISO認証やJGAP認証を表示しているが、現在のところ、それらを通じた引き合いはなく、今後、認知度向上に向けた取り組みが課題である。
- 食品安全に対する意識向上:構成員の意識改革、とくに食品安全に関する意識向上が図られている。たとえば、毎年、JGAPの内部監査を通じて、監査員よりさまざまな指導や情報、刺激を受けるようになり、農薬の扱いやドリフトに対する知識や意識向上が図られ、農薬の誤使用やドリフト等、事故の未然防止に大きく寄与している。
- 記録の習慣化:GAPやISOの導入により、組合全体として様々なデータを記録したり、それをもとに改善策を検討したりする習慣が身につきつつある。今後、それら記録データを効果的に分析し、営農改善に活用することが課題である。たとえば、毎年の成績を記録しているため、年次間の比較が可能になりつつある。過去のデータを整理することで、低収年の要因を把握でき、それへの対策を事前に講じることも可能になると期待される。また、記録をとるようになったことで、役員、とくに摘採品質や工場の操業に大きな役割を担う摘採部長のスムーズな引継ぎ、技術伝承が可能になるものと期待される。
- 資材不良在庫の削減:肥料や農薬の在庫管理が徹底されたことで、不良在庫の減少につながっている。GAP導入にともない、期限切れ農薬等が整理されるだけでなく、それまで安く仕入れるために行なっていた箱買いを控えるようになった。なお、GAP導入時の期限切れ農薬等の処理は、組合全体で負担し、構成員の負担軽減を図っている。
- 収量や品質の改善:収量や品質の改善は、JGAPよりもISO9001の導入によってもたらされている。茶の場合、収量を最大化するよりも、いかに良い品質の状態で摘採するかが重要である。ISO9001のなかでは、組合全体として、摘採品質や加工品質に関する目標を立て、その目標達成に取り組むことで品質の維持・向上が図られている。なお、構成員個々の収量・品質改善に関して、そこまで充分には進んでいない。組合において圃場毎の収量等は記録しているものの、現在のところ、それらデータを個々の生産改善に向けて活用する取り組みは行なわれていない。加えて、合葉を行なっていることから、構成員によっては改善に向けたインセンティブがはたらかない場合もある。
5) 課題と今後の展開
- ISO9001導入による組合の品質改善・効率化、また、GAP導入による構成員の食品安全に対する意識向上等の効果がみられる。今後は、それら取り組みを構成員個々の生産改善・効率化に結び付けていく必要がある。
- 関連して、GAP導入初年目は、構成員それぞれが管理項目をクリアするために、いかに改善するかを試行錯誤しながら行なったが、一度GAPに取り組むと、毎年毎年同じことの繰り返しとなり、自己審査自体も事務的に行なってしまうケースもある。さまざまな記録を行なうが、それを如何に分析し、構成員それぞれが目標とそのための改善計画を立てられるかが重要である。そのための組合内におけるインセンティブのしくみや、構成員同士で検討、議論しあう場の設定が今後の課題である。